エレミヤ31:27−34/ヘブライ2:10−18/マルコ1:12−15/詩編91:1−13
「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。」(マルコ1:14−15)
岩手県・遠野は「民話の故郷」として有名です。昔話を話してくださる「語り部」さんたちもたくさん活躍していますし、街中には至るところ「昔話」をモチーフとしたモニュメントが存在しています。私が暮らしていた頃、遠野駅前交番は建物自体がカッパの顔をしていました。駅前の信号機には座敷童が立っていました。そういう街です。
その遠野の市街地から車で20分ほどのぼって行くと土淵という集落があって、ここがいわば文字通り「民話の故郷」です。ここに住んでいた佐々木喜善という青年が柳田国男に語って聞かせた民話の数々が、柳田の手によって「遠野物語」という本になったのです。この土淵集落には山口という地域があります。ここには「山口の水車」と呼ばれる現役の水車小屋が建っていて、訪れる観光客に人気です。
その水車から市街地方面に目をやる視線を遮る低い丘があります。「デンデラ野」と呼ばれる場所です。遠野に暮らしてすぐ、このデンデラ野を通って山口の信徒のお宅を訪問しました。わざわざ道路端に「デンデラ野」と書かれた看板があって、その由来も書いていました。「六十歳になった老人を捨てた野で、老人たちは日中は里に下りて農作業を手伝い、わずかな食料を得て野の小屋に帰り、寄り添うように暮らしながら生命の果てるのを静かに待ったと伝えられています。かっての山村の悲しい習いをうかがわせます。」。遠野というのは飢饉の連続だった地域で、本当に食べるものが全く取れなかった年が記録にたくさん残っています。山口集落もそういう厳しさを背負った地域でした。だから姥捨ての風習もあったのだと思います。ただ、いわゆる「楢山節考」でイメージする相当標高の高い山に老人を捨てるというイメージばかり頭の中にありましたので、目の前のちょっと小高い野原が姥捨て山だというのは、にわかには信じられませんでした。確かに何もない場所です。家も畑も田んぼもありません。全くの野原です。でも、すぐ向こうに暮らしている家が見えるのです。人影だってすぐわかる。そんなところで死を待つ暮らしをするというのは、なかなか非現実的でした。そして実に「民話の里」らしいと感じたのです。そういう場所が今でもそのまま残っているわけですから、遠野の町自体が現代も民話が息づいているという印象を受けるのです。
今日の福音書はこういう言葉で始まっているからなのです。「それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。」(マルコ1:12)。ここは本来なら「それから」という接続詞だけではなくて「すぐに」という接続詞も含まれています。直後に、ということですね。何から直後だったのかといえば、「「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。」(同11)その直後です。幸せの絶頂から直後荒れ野に送り出されるという展開です。もちろん現実世界の話しではないでしょう。事実ではなく物語に意図があるのです。でも確かにイエスは荒れ野に追いやられます。それは彼の生涯がそうだったのです。イエス自身が洗礼を受けて直後荒れ野に追いやられたように、「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝え」(同1:14)た先々は、けがれた霊に取り憑かれた人、病の人、重い皮膚病を患っている人たちの場所でした。社会からのけ者にされている人たち、たとえ町中にいたとしても彼らのいるその場所は姥捨て山でした。彼らを捨て置いたままにしなかったイエスは、一人ひとりを訪ね、手を置き、言葉をかけて、神の赦しを宣言して歩きました。そのためにイエス自身はユダヤの指導者たちと論争し、ついには宗主国ローマの手によって、騒乱罪、国家転覆準備罪、テロ特措法等々の違反の罪で死刑の判決を受けます。捨て置かれた人々を訪ねることに生涯を費やした彼は、最期には「ゴルゴタという所——その意味は「されこうべの場所」——に連れて」(同15:22)行かれ、そこで処刑されます。人々の手によって荒れ野で殺されてしまったのです。
わたしたちは、自分にとって不都合なものやジャマなものを荒れ野に追いやります。ゴミだけでなく、自分にとってジャマであり不都合なものであれば何でも、人であれモノであれ動物であれなんでも、わたしたちは荒れ野に捨て置こうとします。自分は決してそこには近づかない。蓋を、扉を開けたくもない場所です。
そして実はわたしたちはそういう荒れ野を、どこか他所の手の届かない遠くにではなく、自分の最も近いところに、自分の心の中に持っているのです。実際に人や動物やモノを捨てたら、たちまち法律違反になります。でも、心の中でならば何回でも何回でも人であれモノであれ動物であれ、捨てることが出来る。殺すことだって出来ます。何回も何回も何回も。しかしわたしたちの主は、その荒れ野に追いやられた人々と共におられる。わたしの心の奥底で、蓋を、扉を開けたくもない場所に、イエスは、私が棄て去った人やモノや動物と共に、そこにいてくださる。そればかりか、荒れ野を心の中に宿しているわたしたちの傍らで、わたしたちのために寄り添ってくださっているのです。
ある人から「今日という日は、あなたの一番若い日だ」と言われて驚いたことがありました。ここまで生きてきて、どちらかと言えば未来より過去の方が随分長くなってきた私の現実に「若い」という言葉がとても不釣り合いに見えました。でも言われてみれば確かに、私の人生、残りの日々の中で今日が一番若い日です。間違いありません。だから「今時の若者は」なんて他人を批判しちゃいけません。批判するなら「今時の若者たる私は」と自己批判しなきゃ、です。例えば2・11東京集会なんかに参加しているのはお年を召した人たちが多くて、質疑応答の時間になると「もっと若い人に参加してもらいたい」と嘆かれることもしばしば、恒例発言です。でも、そこに集まっているすべての人にとって、その人の一番若い日が「今日」なんです。だから「今日」わたしたちが出会うべき人と出会い、やれるべきことに向かい、一日を歩き切る、生き切ることが「今時の若者」である私に課せられた責任です。そのためにこの朝、新しいいのちと新しい使命とをわたしたちは与えられたのです。それは今日こそが、満ちる時そのものだということなのでしょう。
今日から受難節、レントに入りました。ろうそくの火が一つ消えました。だんだんにこの火は暗くなっていきます。受難日には全てのろうそくの火が消えます。それはわたしたちの心を、心にこそあるデンデラ野を象徴しています。不都合なものジャマなものを捨てて生きようとする、そんなわたし自身と向かい合うレントの6週間が今日始まりました。今日こそが、満ちる時。与えられた一日をそのように歩みたいと思います。
祈ります。
すべての者を愛し、導いてくださる神さま。あなたは時満ちた「今日」をわたしたちに与えてくださいました。あなたの導きの下、今日一日を生き切ることが出来ますように。私の心の中のデンデラ野、荒れ野にあなたがいてくださることを感謝します。私のそのままを受け入れてください。復活の主イエス・キリストの御名によって、まことの神さまにこの祈りを捧げます。アーメン。


